短歌は馬車に乗って

スイートなエッセイです

正月

本格的にスカスカになって迎えた新年は名実ともにとても気楽で約束もなければ用事もないし誰に呼ばれもしないものだから、たいていからいつもそうだけどこちらから出向く。

三日に初めて寄った友人の住むシェアハウスは元田中のどちらかといえば陰気な通りに面していて、どんなものかと思いながら門戸を叩いて、引き戸をあけたら男三人がコタツに入ってセブンイレブンのカフェオレをストローですすっていた。どうも面白くなさそう、というか、よく言えば普段通りで気がおけない感じか、ともかく元旦じみてはいない、少しも騒がしくなくてこちらもほっこりした次第。

壁一面に映像メディアが所狭しとしつらえてある。ツーバイフォーでディーアイワイしたらしい棚には主にハリウッドの大掛かりそうな映画のディーブイディーが整然と四段にわたってたくさん並べてあるし、ちょっとした骨董品みたいな水屋をうまいこと配置してジェイビーエルのスピーカー、なんとかのアンプ、クラシカルなターンテーブルもちゃんとあって趣味悠々な居間という趣き、配置されている小物もいんちきくさくて、天一(ラーメン屋)謹製の目覚まし時計や、骨の模型や、キャラクターもののフィギュアとか、こざっぱりと陰湿の間を揺らぐ男の居間っていう感じで親しみを得た。

テレビではスーツを決めた芸人が座談する番組が流れていたけど、誰がいうともなく桃鉄をすることになって、誰の異論もなく桃鉄をすることになった。正月といえば、だそうで、そう言われてみれば子供の頃の正月はコタツを囲んでわきあいあいと桃鉄をしていたような気もする。

どんなゲームかといえば、最大四人がそれぞれ電鉄会社の社長になってサイコロの出た目で進み、津々浦々ついた先の駅の物件を買えるだけ買い、収益を得、資産を競うかんじ。

例えば、名古屋駅に赴けばきしめん屋などのご当地物件が一千万円とか売りに出されており、飲食店などは比較的安価で収益率が高いという設定になっている。反面、和歌山駅などで購入できるみかん農園などの農林物件は三千万円とか五千万円とかして、その割に収益率が低い。それでただ割が悪いかというとそういう所だけではなくて、農林物件は収益自体は少ないけれど借金が嵩んだ折でも無闇に売り飛ばせない設定になっていて、正念場で収益に響いてくる。なにかと勉強にならなくもなく、ともあれどっちみち序盤ですぐに金銭感覚は破壊され、お金を貯めてやみくもに買い漁る。

ほどなく、ボンビーという貧乏神が現れて目的地から一番遠くにいる社長に取り憑いて、せっせと買い漁った物件を安値で売ったり変な買い物を勝手にしてきたりして、こちらにじわじわ厄介をかけるわけで、これを他に取り憑けたり、除けたりするのにあれこれ骨を折るのでいっぱいいっぱいになる…

今回はなんの縁起か日頃の行いのせいか、そもそもそういう性行なんかなんか知らんが、その貧乏神のでかくなった奴がこちらの社長に取り憑きまくってえらいことになった。

あらゆる物件は売りに売られ、地獄みたいな惑星に飛ばされて無闇やたらに借金は嵩む、日本に戻ったら戻ったで裸一貫借金地獄で首が回らなくなっていて、他の社長にも金にものを言わせて買われた特急券であれよあれよと巻かれてしまい貧乏神はなすりつけられない。

ふと我に戻れば唯の戯れ、子供騙しのボードゲームでしかないないのだけれど、実際の自分の状況もそんなゲームと大して変わらないことにもすうっと気付いてしまうわけで前述のとおり縁起でもない。とうにスカスカな精神が殊更にいたぶられたような気分になってほうほうで帰途に着いた次第。

その翌日、昨晩の縁起を振り払う、という口実でもって例年通り園田競馬場に出向いた。

地方競馬場には関東圏で大井、川崎、浦和とちょこちょこ出向いたけれど、その園田ほど昭和じみてはおらず、どういうことかというと敷地内に古臭い飲み屋がとにかく充実していて、打ちに来ているのと呑みに来ているのが渾然としている。飲み屋にはもっぱらテレビが置いてあってすぐそこで馬が走っているのにもかかわらず呑み屋で呑みながらレースを観れるものだからそれで済んでしまうわけで、全く興味のない人には「年金受給者のおっちゃん達のためのディズニーランド」と伝えている通り、駅から当地に発するシャトルバスに初めて乗り込んだ時は僕でさええらいとこに来てしまったなと思ったものだ。なんというか煙が立っているわけでもないのに煙たいおっちゃんたちが灰色のムードを全身から滲み出しまくっていて、ほどなく自分もこれに肉薄していくわけだが、この日は正月休みゆえの縁日ムードで老若男女でがやがやしていて景気がいい。正午を過ぎて入場したらパドック周りは人だかり、にわかに正月らしくてとてもいい。

さてこそ、この日も予算ははなはだ頼りないわけで、捨てれるレースがぜんぜんない。

真剣に馬をみていたら、なんとなく楕円を旋回しているある馬と目があったりして意気が合ってくることがあって、ここは君だな、と意を決してパドックの端の掘立て小屋みたいな喫煙スペースでタバコを吸っていたら、めったに出向かないのに元旦に出向いた猫のいる親戚の家みたいなコタツのある店の主人の彼氏がいたので声をかけた。

「あ、どうも本田さん」

「どうもどうも。どうですか、調子は」

「ああ、もお飲んでますよ。島ちゃんもいるんでこっち来てください」

彼は裸足にクロックスのサンダルをつっかけていたのでいかにも寒かろうとつっこんだらルンペン風だと言い、全然慣れますよと言った。

パドックの背面の踊り場を空けてスナックフードや生ビールを売っているスタンドがあり白いプラスチックの椅子テーブルが敷居なく並べてあるが、彼のグループはその横の中くらいの植え込みの縁に座ってカップ酒を飲んでいて、みんなで四人いて、見るからにべろべろだったし裸足に雪駄ばきの島ちゃんはことさらにべろべろに見えた。

「ああ、本田くん。あっしは次のレースで決めさせてもらいます。夢の全通り馬券。馬連66点しめて6,600円。何が来ても当たり、外れなし、おめでたいかな」

これには敵わんわ、と思ったけれどやはりこちらは真面目に外して、十三に飲みに行くらしい彼らと別れて、一人で真剣に競馬をしたけれどすんでのところで外しておけらになった。予想はかなり鋭かったのでとても悔しい思いはした。

しかしながら前日の桃鉄では、さんざんキングボンビーの世話にはなったけれど、私の電鉄会社の社長はぎりぎり黒字で収まり、ビリは免れた。どちらにせよ縁起でもなく、苦しい資本主義社会ではあったが、謎の達成感があるにはあったなあ。どうも夢みたいで。