短歌は馬車に乗って

スイートなエッセイです

東京日記11

ヨーイドンロスな気分を充電するため、ひどいときは週四週五で通っていた出町柳の喫茶店Gにモーニングをしに、まあまあ久しぶりに行った。

八時半のオープンから毎日同じ顔ぶれ、近所のおっさんおばはんが寄ってたかり、京大生なども混じるけれども、妙齢のママさんが彼ら多士済々を絶妙にあしらいまくる良く出来た所で、何かと気が効いていて、タバコも吸える。

その上にヨーイドンがカウンターの上っ端のテレビから流れるのを見れるし、音声に被さる掛け時計の時報オルゴール音がまた絶妙、キャンユーセレブレイトとかファーストラブとか、そういうのがヨーイドンに自然と混ざり、なんかしらんが調和がとれていたりする。

ここのモーニングは毎度、妙齢のママさんの「バナナか卵、選べますけどどちらにしますか?」という妙に艶っぽく感じずにいられないような問いかけから始まる。ここ最近は巷の噂で双子が出来やすくなるという葉酸をとるために卵一択なのだけれど、この問いかけを聞かないと喫茶店Gのモーニングは始まらないというか、この店では自分は、ママさんないし常連客と一切、積極的に会話をしないという自分ルールを定めていて、そのせいもあり毎度新鮮な、ある意味でよそよそしいママの問いかけに、もとから卵を頼むことに決まってるにもかかわらず、毎度丁重に答えることになっている。

そんな半分嘘みたいな、よそよそしい風をなんとなく演出している私をママさんはいつも、空いていれば三席しかないニから四人がけのボックスシートに案内してくれるので、ほぼ毎回五百円ぽっきりのモーニングセットしか頼まないくせに遠慮せず居座るわけだが、今回ボックス席は埋まっていたのでカウンターの端に落ち着いた。それで、昨日のタイトルホルダーが思った以上に強過ぎた宝塚記念の反省のためにサンスポの競馬面を読んでいた。

なにか、こう、今日の隣の人間国宝さんは心にすうぅっと入って来ない。円広志さんのロケなんだけどなあ。やっぱり自分、どこか浮き足立ってるんかなあ、とか思っていたら、入り口側のボックス席に座っているおっさんがこちらに声を掛けて来たような気がした。気がした、というのはコチラが裸眼状態で視界がボンヤリしていたからだが、そちらに目線を合わせると、確かにおっさんの視線がコチラに直撃している気がする。どちらの知り合いかしら、と、そろそろ近づいてみると、なんとも虜外。カフェ・コネクションのHさんだった。

「いやあ、久しぶりっすね!どうしてるの⁉︎店は辞めたんだったっけ⁉︎」

「いやあ、辞めちゃいましたね!もう結構まえに!」

「俺、今でも覚えてますよ!君の淹れてくれたアイスコーヒー美味しかったなあ!あれは一杯ずつ淹れてるの⁉︎」

「はあ、そうしてました…」

なにか、こう、匿名性を大事にしている小さい場所でしかもコーヒー屋だし、この手の個人的な話をしちゃうことに、こそばゆさを感じてはいるのだが、Hさんは時と場所と雰囲気を選ばないみたいで容赦なく、

「あれはほんとに美味かったなあ!もったいないなあ!」

と重ねて言ってくれて本当に嬉しいが、Hさんは一回きりのあのアイスコーヒーにしこたまシロップを入れて、ほぼ残して帰ったのを私は覚えているので心の中で、そのHさんの心象大矛盾にまたもや爆笑している。仕方なく、

「店どうすか⁉︎」と聞くと、

「いやあ、もう無茶苦茶ですよ!無茶苦茶!今日もオープン前に掃除行ってきたんですけど!いや、毎日行ってますよ!

〇〇さん(店長)が、もう支払いに回すお金がありませんって!けっこう客来てるんだけどね!」

「いやあ、こういう時節ですもんね!」とか毒にも薬にもならないことを毎度言ってしまう訳だが、Hさんは「そういうのは関係ないんすよ!」と仰る。

「心斎橋の店が二十年やってて、初めて黒字になったんすよ!」

「え!客いまごろ増えてるんすか⁉︎」

「いや、コーヒー値上げしたんすよ!

ずっと二百円で売ってたコーヒーを五十円値上げしました!そしたら黒字!」

何はともあれ、飲食経営に悩んでいる幾多の方々に伝えたいような有難い話が聞けて、京都に行った甲斐があった。