東京日記2
こちらへ来て少し寂しいのは関西テレビのヨーイドンが見れないことだ。ささやかなことではあるけれど、でかいことはまあまあでかい。最近になって特に、とんでとんでで有名な円広志さんが関西の街をぶらぶらしてるロケに目を通すと私は九割型泣きそうになってしまう羽目に陥っていた。テレビを見るのは出町柳の喫茶店Gか若しくは銭湯の脱衣所において、くらいである。その日もヨーイドンはGで見て半泣きになってしまったが、もっぱらそれから昼前に鴨川を南下して六角通りの喫茶店に行くわけで、店主ダロンドに朝、半泣きになってしまったことを伝えると「それはもう完全に躁やろ」と言われた。
「今回は東大阪の○○市に円さん行っとってな。○○市知っとる?」
「行ったことはないなあ」
「銭湯経営しとる家族が隣の人間国宝さん貰ろうとったわ」
「へえ」
「親父が死んで息子が継いでんねやけど、親父の趣味がコーヒーの焙煎やったらしくって、焙煎は息子の姉が継いでんねん。焙煎機まるごと」
「ええ話やんか」
「もうそらええ話やねん。その姉もなんかカッコよくてな。見た目おばさん言うより脱藩藩士やねん」
「で、オチはなんなん」
「そこの親父の写真が残ってて、何回か映るんやけどな。いつも上半身はだかやねん。その上にエプロンつけて近所を徘徊してたらしくて」
「ただのめっちゃ変わった人やんか」
「目きらっきらやねんか」
「なんかやってたんちゃう」
「それは違う。ハイパーナチュラルなだけやと僕は思う」
「なんなんそれ。余計ヤバいんちゃうん?」
「今でも番台に八十くらいの奥さんが座ってるんやけど、もうずっとようしてくれて大好きでしたって」
「なんや、ただのええ話やないか」
「ほんで、しんどいけど番台の代わりウチしか居れへんし、やって」
ダロンドはまんじり目を据え、先の細いやかんをトンとカウンターに置いて息なり、はんばあああぐ!!!と叫んで、両手で中の空をわしづかみにするようなポーズを取った。
「なんなんそれ」と私は言った。
「知らんのん?」
「知らんなあ」
「はあ」
「ハンバーグ師匠っていうネタでな。俺めっちゃ好きやねん」
「さわやかやな」
「むしろ熱ない?」
「さわやかっていうチェーンのハンバーグ屋が静岡にあるんよ。あそこは俵のハンバーグを店員が半分に切って鉄板に押しつけて焼いてくれて半生で食えんねん」
「へえ」
「地元ではめちゃくちゃ人気なんやけど、さわやかは静岡県外にまったく進出しよらへんのよ。長澤まさみが推してることで有名やで」
ダロンドは再度、目をこちらに据えて、シリコンのヘラを流しに置いてから、ハンバーグ師匠というネタを再現してくれた。