短歌は馬車に乗って

スイートなエッセイです

ジョギング

f:id:kon-fu:20200116183724j:image日の出町試聴室にはなんやかんやかれこれ三回ベースを弾きに行ったんだけど、昨日にしてもやった感じがまったくないというか、雰囲気にのまれたというわけではないんだけども、妙にぼんやりしてしまって、酒は酒で飲んでるんだけども、カウンター角のテレビから流れる世界の天然景勝地のくっきり鮮やかなパノラマ映像が、店内のぼんやりした薄暗みからとりわけに際立っていて、サバンナだとかアマゾンだとか大瀑布だとか、誰にも何も喋りかけることが見つからないので、その空の青に吸い込まれるように泡盛のコーヒー割を飲んでいたら、どうも酔ってんのか酔ってないのか分からなくなって、バカスカたばこを吸った。柄にもなくメンソールを吸ってみていた。メンソールたばこはばかすか吸えすぎて、次の朝、余計のどが痛くなる。

「沖縄に紫っていうバンドがあって、その〇〇が泡盛コーヒー飲みながら海を眺めるのが好きらしいんだよね」と店主は言った。

それを所望したとき、店主は「コーヒー、インスタントだけどいい?」と、こちらを気遣うように訊いてきて、はっとなったのは、ちょうど一年前の年明けに、彼がわたしがやっていた喫茶店に演奏しにきてくれて、じっさいはなんとなく懐古的な話にはならないんだけれど、わたしのいれたコーヒーを飲んだことを覚えてくれてるのかもしれんなあ、と思ったあの時は店はもうぐだぐだだったわけで、ふだん四か五種類くらい用意していたコーヒー豆が一種類しかなかった。ブラジルだかエチオピアだか東ティモールだったか、そのどれかひとつ。そのみっつを混ぜたのが、店のブレンドだった。

味はいつもバラバラで、決まり事は、エチオピアを単品で飲めないくらい浅く焼くこと、出汁で言う追い鰹みたいな感覚、ブラジルを焦げる手前くらいまで焼いて、これはサバとかのけずりぶしを煮出してボディをつくるかんじに近い、比較的安いから嵩ましにも近い、それで単品でもぜんぜんおいしい東ティモールを適度に焼いて前後ふたつの味の辻褄を合わせる、こいつはこんぶだしに近い。おもえばこれが俺のコーヒーだった。つまりほとんど出汁をひく感覚だ。テキトーに命をかけていた。

なんとなく熱っぽい。

店主はどすぐろい顔をしていて、たしか演奏前にブレンドでないコーヒーを飲んでおいしいと言ってくれた。

そのあと、けっこうぐだぐだな演奏を終え、ひたすら取り巻きの女とカウンターでやけくそみたいにビールを飲みまくって、絡んできた、こちらがよく知ってる地元の男に「おまえにおまえ言われる筋合いないんじゃ!おまえの臭い息を自分で吸って死んどけ!」とタンカを吐いて、場内は拍手喝采、にはならなかったなヒジョーに張り詰めた雰囲気になったりしたが、彼は変わらずうなだれたような態勢で引き続きビールを飲みまくっていた。

そのあと、なぜか店主のたっての所望で、河原町丸太町のびっくりドンキーに打ち上げに行って、そのままついてきた泥酔状態の取り巻きの女は半分寝ていて、いきなり起きて、「今、夢みてたあ」とぼやいたが、店主は「おめえはそのまま寝とけ」と吐き捨てるように言った。

テツオは忘れたギターを元田中のバーに取りに行ってびっくりドンキーには来なかったが、最終的にみんなウチに泊まった。たぶんSさんと息子サンはばあさんの家に帰っていたんだと思う。

たしか去年の正月明けのことだ。

そのときと、今が、時間にして一年しか経ってないという事実を、正直わたしはうまく飲み込めない。

あまりに多くのことが変わってしまったというか、あのときもすごく無茶苦茶で楽しかった、一生懸命だったというか、それもそうなんだけども、執着みたいのがあんまり無さすぎて、自分で呆気にとられてしまう。

店主はこちらで見るたび、あのときの不健康そうなどす黒い顔はなんだったんだろうと思うくらい健康そうな顔をしてらっしゃる。

とはいえあのときはあのときで、あの手の切り口に慣れてなかったし、すごいかっこよかったな。

朝にしょっぱい雑煮をつくったけど彼は食べなかった。

どうも雑煮は嫌いだったらしい。

なんとなく熱っぽい。

(もうすぐ太田区の国道沿いのボロ下宿に引っ越すんだけど横にびっくりドンキーがある)

新橋駅地下の喫茶店にて。

給仕のお姉さんのひとりがコンピラに似ている。金髪ショート。アイスコーヒーめちゃうまい。