短歌は馬車に乗って

スイートなエッセイです

なか卯かな

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   毎月のように給料日まえに金欠にあえぐので途方に暮れてはいるのだけれど、途方に暮れるのにも慣れてしまっているところがあって、何か方策を立てることもたいしてしないので、少しは反省しなければと思うし依然暇なので日々のルーチンを振り返っている。

 こんな人間なので仕方ないけれど、その手の割り切り、自分以外には通用しないのでやっぱり何かズレているのでしょう。

 今の私の資産は手元の財布の小銭以外は部屋にいくらか溜まったレコードといつも行く喫茶店のコーヒーチケット数枚、よってやや息の詰まった本日の生活はこれらに依拠するほかなく。

 小銭はいずれすぐ無くなるとして、少なくとも何枚かは数千円で売れそうなレコードもあるにはある、あるけどレコードだけは売らないと言っていた先達の井上さんの何というか、ソウルに感化されて私もみだりに売っちゃり手放さないようにしようと思ったばかり、ようするに六角通のダロンド氏の店でコーヒーチケットを行使し時間を潰させてもらうしかない。

 節約者の朝は早い。あらゆる節約の集大成として早く寝るからだ。

 本日は五時過ぎには目覚めただろうか。

 頼みのダロンド氏のカフェが開くのは早くとも八時半、たいてい九時なので四時間はどうにかして過ごさねばならない。

 百万遍にある、母親と姉のいる家に転がり込んでいたときはアホな老犬がいたので起き抜けに散歩に行ったもの、犬と毎日散歩をしているとにわかに気づくことなのだけれど、こっちが犬に散歩をさせてやってるようでこちらが犬に散歩をさせてもらっている。おおげさに言うと犬に生かされている感覚にふっとすり替わっていたりして主客転倒、そのゾーンに入ると犬が世話をすべきペットからいっぱしの道士に成りあがっていたりする。

 奴さん、自分より腹の底から元気なわけ。生命エネルギーを持て余しているので一見、老いさらばえて皮膚も腹も目尻もたるんでいるようで、散歩を促すとぴょんぴょん跳ねる、こちらはそのパッション=根力に従い身をまかせるだけでいい。

 何かに身をまかせるとなんというか心に隙が生まれるのか、こちらもアホになってくるのか、鼻にむせるようなジャスミンの匂いや、どこかの宅のオリーブオイルでニンニクに熱を加えている匂いとかがふうと届いてきて、いつの間にかニヤニヤしていることに気付き、そのあいだ、自分のしょうもない金欠のことなどきれいさっぱり失念している。然う、ぼんやりしていさえすれば生き物は元来多幸なのである。

 それはそうと引っ越してからなかなか犬の散歩ができない常体になってしまって、まして暇が持て遊べなくなってしまって体を持て遊んでいる。

 そんなぽっかり空いた大穴みたいな早朝、パンツとシャツを洗濯機にぶち込んで、朝風呂の効き湯に浸かって鼻詰まりを取って、洗濯物を屋上に干すまではいいが、私の住まう界隈では飲食店は、もはやなか卯が開いているくらいで、まあ、なか卯で朝飯でも食うかというノリになってくる。

 どちらかといえば下らない話をするために戒厳令下になってからしょっちゅう通っている、いつもニヤニヤしている素敵なママのいるバーで、常連の料理人の兄さんから聞いた話では、その界隈の交差点の角にあるなか卯には深夜、もの凄く気の利いたメガネのおっさんが働いているそうだ。

 酔っ払って連れが財布を置き忘れた時の対処や、呑み卯の際に彼が拵えるからあげ、サービス、さりげない気遣いなど、なか卯のバイトにそぐわない(かどうかは人によって判断が違うだろうが)バイタリティをお持ちみたいで、聞くところによると、その他の呑み卯クルーの間でもかなり珍重されているらしい。

 なかなか興味深いなか卯感だし、まあ、こちらはなみいる酔っ払いの中では若輩中の若輩なので、呑み卯までは辿りつけなかったし今時短だし、それとなく朝に行ったりして様子を伺ってます。感想は、まあ、なか卯やなって感じ。

 その大通りの角のなか卯

 個人的に思い出すのは確か、吉田山の麓の居酒屋おじさんが以前、百万遍に店を出す前に、深夜に働いていたという話。

「ええ、ええ、そうなんです。もうマジでなにも無くなってから、なか卯っていう店の深夜に働かせてもらってまして、ええ、すんごい暇なんですよ。まあ、だらだら、させてもらって朝になったら元、田中のスーパーに行くんです。買いもんに行くんじゃないんですよ。鮮魚売り場の魚を捌きに行くんです。もお、ずっと働いてました。自分アホなんちゃうかな思うくらい」

とか仰っていた気がして、こちらもなんとなく通っていて、二百五十円の朝メシセットを月二十日くらい食ってたらどんだけ腹ぱんぱんになって節約になるやろか、ごはん大盛りはタダやし、せやけど大盛りのごはんやったらノーマルの味噌汁では頼りないし、だからといって豚汁に変更したらプラス九十円かかって月七千円くらいはかかってしまうな、いっそのことミネラルも取れる玄米菜食に切り替えてみようか、そうなると炊飯器も用意せなあかんし、できたら前の晩に次の朝用に玄米を水に浸けておいた方がいい、毎日のこととなると面倒とまでは言わんけれど、へべれけで布団に倒れ込むことが多いし、そうなると三日に二へんは浸け忘れてその度に途方に暮れてなか卯に行くんやろな。それならはなからなか卯に通っていた方が経済的なのではなかろうか…

 とかいちいち考えるのも面倒なので散歩を一緒にしてれる犬がいるのは結局とても有難いものですね。