短歌は馬車に乗って

スイートなエッセイです

東京日記15

それでやっぱり、週末はソワソワしていて、なんなら選挙投票日みたいなので、喫茶店Tへの道すがら、代沢の三叉路を惰性で選択、これは北進か、進んでいると、いかにも下北みたいな区画に入っていて人が増えてきて、店前の車道を占拠するように特設観客席を設置しているハンバーガー屋は今日はどうやら昼間からオープンエア・ライブイベントみたいだ。ようするに、町のお祭り、お祭りムードなわけだから、それは浮ついているに違いなく、それから喫茶店Tに来たら、やっぱりかなり席が埋まっていて珍しくシンディローパーみたいな時代、エイティーズのニューミュージック風の歌ものが流れている。何がニューやねん、ていうツッコミは置いておいても時代の進捗は早すぎるから、ニューは現在だいたいのところオールドである、という決定事項にリアクションを加える輩もナンセンスなのかもしれないし、ともかくビージーエムはシンディローパーではないと思うが、いつもはチックコリアやエレクトリックマイルスなはずなのでやっぱり今日は何か浮ついている。

おとついの夜更けの代沢緑道沿いのボロ家、ベリーハウスも渦中のニュースで人知れずざわめいていて、どっちかというと私は白けてしまっていたのだけれど、「地獄の釜の蓋が開いた!」ような小狂騒で、オンラインはむしろ嬉々としていて「まじで何回死ねって思ってたか覚えていないくらいの鬼畜」がくたばったという凶報は吉報なのか、この辺は人によって極端に変わるのが常だけれど、水道橋のカレー屋の店長は「控えめに言って一万回は死ねって思ってた」けど「色んな悪行に全部蓋をしたまま」ぶっ倒されたわけだから「なんか釈然としないし、そもそもヤリ方がやばいよ〜」「恐いよね」「前時代的というか」「愉悦を通り越してる」そもそも前時代的とはなんなのか一体、ニューなのか?そこのところも人ごとなんだけども、人ごとというからには人隣りもあるわけで、そういう意味では観念上の性格が強すぎる、私はお人形さんだと思っているし、お人形さんを怨んだり妬んだり馬鹿にしたり、愛したり離れられなかったりべたべたキスをしたり褒めちぎったり、それもまたエクストリームが過ぎてヤバいのと一緒で、そうでないとしたら押し入れの奥でホコリをかぶって異様な雰囲気を醸し出して、目が合ったらまじでサブイボが立ったマリオ人形は鏡の中のマリオネットで「ニホンオオカミよりおめえらの方がもっと恐ええよ!」という意見に私はおおむね同意なわけでありますが「人形には人形供養が欠かせない」みたいな観念的性格も持ち合わせ、あるにはあって、ビージーエムは流れて、シンディローパーではないと思われるシンガーのカヴァーしているオーヴァーラブに変わって、はっとしているナウ私ですが、昨日カレー屋の店主に「コンビー君は選挙どうすんの?」と訊かれ、意味は特にないけれど藉が京都なので「キケンです」と答えるほかなく、そもそもハナから選択肢がない。「実はワタシ、何年か前にもう死んでおってですね…」と声を絞り出したら「そっか。まあホントに困ったらウチにおいでよ。ネコめっちゃいるけど」と言ってくれて嬉しかったことを思い出して、また巻きタバコが切れたのでタバコを所望したら「メビウスならあります」と慣れた給仕が言った。

たしか、マスターが吸ってるやつなので頂くことにしてコーヒーはおかわり、カウンターの端でスーパーライトを吸っている。