短歌は馬車に乗って

スイートなエッセイです

スカスカ夢日記2

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私はどうやら実家から引っ越すらしくバタバタと準備をしている。

籐編みの衣装ダンスにしこたま服をつめこんで、外身と中身がわやになったCDたちを、トランプの神経衰弱をするみたいに、もとのさやに戻したり、その折々、それらにまつわるあれこれがふわっと頭を巡ったりして、手が止まって、はたと気がつくと何分間そうしていたかわからなくなったりした。

ダコタハウスという四畳半の畳のアパートを借りていた。狭いけれど京間だし、西の窓がすかん、と開けていて、午前中とか気持ちいい。

マヘルの国立気分の青いジャケットをあぐらの上で見つめながらぼんやり、自分の思春期のような、空疎で暇な昼下がりは平和なようなそうでないような、鬱々としたコーヒータイムを、斜に構えたり、変な虚勢を張ったり、まあとにかく孤独で、乾いたキャメルをばかすか吸って、なんとかという曲のギターソロで涙が出た。

ぼやけた音像の中でギターの音が飛沫みたいに「ぴっちゃん」と跳ねている、、

そんなことなので作業はかなり遅々としているけれど進まないことはない。

ときに家ではあまりタバコを吸わなくなったなあ。

ところで私の探し物、出町王将で借りたはずの、競馬好きのライターが書いたハードカバーの赤い本が見つからない。

この十月であそこは閉めてしまうらしい、という噂はここいらではよくよく話題になるし、出町柳の喫茶店で読んだ今週の文春にマスターの笑顔が写った写真が、ある白黒の一面を大きく飾っていて、、

そのときにふと思い出したけど、それだけでなくて、ふとした瞬間はこの三年くらいで、何度も何度もあったわけで、もしかしたら東京に置き忘れて行ってしまったかもしれん。

ヒシアマゾンという牝馬にまつわる頗るニッチな、着地点のない沼みたいな、けれど熱い文章だった。

マスターには申し訳がないんですが、今回はどうも見つかりそうにありません、ふと母が、

「あんた、あれ、友達じゃないかしら。表に霊柩車が停まってるわ」とちょっと興奮しながら居すまいを正している。

玄関先で尻尾を振っているアニキをおしのけて外に出ると、運転席から助手席の窓に体を伸ばしたテツオがちょい、と顔と手を出して「おっす」と言った。

秋空がめっぽう晴れている。

「えらい車仕入れたね」とこちらが言うと、

「借りもんだよ」と彼は言った。