短歌は馬車に乗って

スイートなエッセイです

粛正期間/使役

オザワさんが渋谷の野外でバンドの練習をすると言い出したのは丁度、息子を豪気にベイクルーズに連れて行きたいな、とか思い立って競馬で無闇にすってしまって、まじで金がきつい、とかいう類のことをツイターで投稿した直後だったので、印象的に彼ならではの労いを感じたが、意図的ではないかもしれない。どっちにしてもくさくさしていたので嬉しかった。

東京の友人達はたいていかつかつで、いざ住んでみると如実に分かったが、高性能の透明バキュームが空気中に常時潜伏してるみたい、毛穴という毛穴から血を吸っていくよう、いつのまにかまさにゲンダイのニンゲンの血というべき金が無い。しかも皆献血に忙しい。

ときに一年を一月に縮尺すると丁度、この八月をもって、そろそろ私の東京においての前期シフトが終わることになる。そもそもなんとなしに覚悟はしていたことなのだが、すなわち、短くみて一年は惨めに地を這いつくばるように暮らすことになるだろう、とまあ、そんな意識、というか予感を持っていた。

惨めのレベルというのは個人によって違うものだろうが、私にとっては例えば好きな喫茶店で薄いコーヒーを飲んでいて、丁度コーヒーの無くなり際にバックミュージックにベルベッツのサンデーモーニングが薄く流れだした折に、ちょっとした恍惚など感じたりして、も少し居座りたいなあ、と思ったタイミングで急と、そういえば今日は金がねえな今日に限らずあと半月はないな、と思い出して小銭入れをまさぐってしまう、十円玉がやけに多いな、そもそもこの薄いコーヒーは一杯五百二十円して、この喫茶店は別段二杯目が安くなるわけでもないから二杯で千四十円か、あすこの回転寿司屋でネギトロが十八カン食えてお釣りが来るがな、みたいな妙な計算をし始めてしまう時で、ようはそれ、対価というものをモノでしか計算できなくなっている証左なわけだから、その感覚もゲンダイに生きていれば、無視できないモンダイであるにしてもあんまり気っ風がよくない、結果惨めを感じる。腐れブルジョアと言われたらそれまでだが、、

私はそもそも薄いコーヒーに文句などひとつもなく、純粋なひとときの恍惚に感謝を言いたくて、それをコーヒーのお代わりに仮託したいわけで、そこには前提としてはお金など存在しない、まぁこちとら原価とかすぐに計算してしまう癖があるし綺麗事なのだが(あの薄いコーヒーはせいぜい原価十円くらいだろう。もっと安いか)、正直あのお盆を抱えながら立ったまま半分寝ているキツネ目の給仕のことがかなり好きだ。

 


それで、やる気に金を払うのは飽きないのでしょうかねえ?

と、仕事先で既得権益を得ている、つまりたいてい寝ている上司のK山氏に問うと、

俺最近気づいちゃったんだよね、

と、やはりそう来る。

「日本人ていうのはさ、一生懸命な態度みたいのに金を落とすんだよね。外国だったら全く通用しない感性なんだけどさ」

「はあ、つまり?」

「あそこの御苑の前のたい焼き屋とか、真面目そうな若者がさあ、汗かきながら一生懸命焼いたたい焼きをたかだか二百円とかで売っててさあ、そういうのが日本のおばちゃんのキレイな関心をくすぐるんだよ。あいつら実際金持ってるからね。いわば小銭拾いだよ。マーケティング良く出来た企業だよね」

「あれは確かに、京都にも今地価めちやくちや上がってるとこにあるんですけどね、ひたむきそうな真面目な子見つけるの上手いですよね」

「業務のマニュアルがかっちりしてるから案外楽なんだよ」

「はあ」

「というわけでマニュアルは俺がきっちり作るからさあ、お前さっさとタコ焼き屋始めちゃえよ。まだ迷ってんの?カッコつけてんじゃねえよ。やりたいって顔に書いてあるぞ。素直になれって」

K山氏はどんな角度からでもマウントが取れるアントニオホドレゴノゲイラみたいな益荒男なので、格闘経験の無い私はいつもその要求を逃れるのに骨を折っている。しかも案外確信しかついていない。アーネストホーストにしこたまローキックをふくらはぎにかまされたピーターアーツみたいな表情に陥ってしまう。

 


まあ、俺は湧き水を汲んできて、知り合いの産廃業者のおっちゃんにうどんこねさせて、稼がせて頂きます!おっちゃん刑務所に一回入ってるから、純粋に働く幸せを噛みしめるのが一目で分かるんだよね。ありがとうごぜえまあす!あいつらバカなんで余裕でえす!

 


こいつ地獄におちてしまへ

と再三仕事に付き合って思ってはいたのだが、顔を合わすに従って彼のキレ方や、野菜の切り方にリスペクトを感じるようになっていて、思考のマウントは取られているとは感じるが、自分なりに発言にうそはつくまい、とか、鼻から軽蔑しない、とかを意識していると不思議とあちらの当たりを柔らかくさえ感じてきた。生理的悪寒が好感にグラデーションを寄せてきたのだ。

つまり彼の意識がその前提に立っていることに気がついた。

 


案外、好感から始まる付き合いは厄介である。

ストロングゼロを決めた夜みたいに、酔いは一気に回るが、経験上そういう付き合いには妙に苦い感じしか残らない。

関係性は好感を持ってしまったその瞬間にたちまち極点に上り詰め、あとは原則下り続ける。その恐れみたいな感覚をそれ以降騙し続けて付き合うわけだが、ハイライトは親だろう、様々に形を変えて生まれたばかりの愛が、お互いに憎しみに変容したりしがちだ。内容のないシンプルな愛は嘘くさい。なにもないことがあるだけだろう。

少なくとも姿形心模様は変わり続けるしかない。

 


この感覚を期待とも言い換えることができるかもしれない。はたまた依存だろうか。

 


一つ言えるのは今後は関係というものをじっくり育みたいという意識が芽生えだした。スローセックス。に至るまでのひたすら無駄な道程。

ある意味で人生は短いようで長い。

 


しかしまあ一人で生きるのは難しい。

 


金がないというのは、現在の私の存在証明に等しい、すなわち私は金がないということそれ自体だ。

男女関係は利害関係であることが多い。それは例えば姉と一緒に街中に買い物とかに行って、昼飯の時間を過ぎ、ランチの店が軒並み閉まってしまっていて、うろつき回り途方に暮れてからの、イライラし出した姉の般若みたいに変容した表情というか、あれはけっこう怖い。しかも無自覚である。

まじもうどこでもいいんだけど、ここは嫌!

みたいなすれ違いを繰り返す空前のバッドトリップ。そのとき、案外まじでどーでもいーと思ってる自分もいるが、びっくりドンキーを彼女は憎んでいたりする。

彼女が自分の身を昼餉でもって守らなければならない理由も私はなんとなく知っている、同等に心も。

そこで金があればどうにでもなる場合がかなりある気はする。

プライベートジェットで香川にうどんとか。

そういわずともタクシーで一乗寺蕎麦屋とか。

 

 

 

そういう甲斐性のまるでないこういう自分をなんとなく買ってくれているオザワさんはよほどの数寄者だなあと思って、甲斐甲斐しくアンプも通さず(無いので通せない)、エレキベースを弾いたフリをしているが、当然すぐ飽きるし、確実に音程が合っていないので、やればやるほど下手になるなと思い至り途方に暮れ、すぐにチェットベイカーが歌い続ける喫茶店に行きたくなるわけだが、食い逃げは恥ずかしいので、友達の家でパクって来た若き日の細野先生の著作を読んでみると、先生も案外悶々としている風である。

並行し意識的にオカルトにはまっている様が尋常ではなく、それにまた並行し、バッファロースプリングフィールドからラグタイムを掘り当て、果ては変なハワイの俗謡まで至り、海を渡る音楽の文脈をちゃんと確認している。気狂いだ。リスペクト。

その様子をスポティファイでなぞってみると、たいてい、はらいそとかホソノハウスとかパクリ先があんがいはっきりしていて、面白い、というかスポティファイが神。

 


ただそんなことをしてもたいして面白くはない。塗り絵みたいで。

 


それはいわゆるライフハックやな!

と、能口が言った。

私はライフハックというコトバを知らなかったので、はあ、と答えた。ただキレのある言い草だなあと思った。

せっかく休みを取ったのに金がなくてあんまり暇なので、サムクックという人の日本語混じりの変な流行歌を聴いていたことを伝えた反応である。

ジャパニーズフェアウェルソングという歌で胡散臭いがけっこう泣けた。

メタ涙が出た。

 


「じやあ僕はライフをハックしたんか?」

「というより、ほんじちゃん結構金貰ってるんちゃうのん?給料日の半月前に金が尽きるとか僕にとったら恐怖でしかないわ、金がないならキャベツを食え、キャベツを」

「自炊はできへん。キャベツは職場でしこたま切りすぎた」

「は?」

「とにかく五日後には返すから。ラインペイでけへんの?」

「僕は、電話番号ないから無理やな。多分登録できない」

「なんでやねん」

「なんでって音声通話プランは高くつくからな。そっちがなんでやねん」

「いや、ラインで送金できるからさあ、あれ結構気持ちいいよ。ていうかそれがライフハックか、、。ただの吝嗇やん!」

「余計なお世話や!普通に倹約しろ!」

 


能口を助手席に、私を後部座席に乗せたオザワさんのハイエースの積荷はまるごと音楽機材で、たしかに周到に用意されたバンドワゴンではあったが、新宿から原宿を冷やかし、渋谷を視察し、結局新宿の東口に照準を定め、いそいそと演奏しだしたはいいが、ものの十五分でケイサツに音を止められてしまった。

ところでバンド長いんですか?

と、下手に出てくるケイカンに私は少し癇癪を起こしたが、ベースはアンプと接触が悪くずっとじいじいいっていた。

あんなのと揉めても益ないで、とノグチは言った。

オザワさんは、まあ、ドライブでもしましょうかと言った。

私たちは同意した。

能口は、国道沿いのいなせなラーメン屋へ行こうと言った。

「そもそもやり出す前から胃が痛かった。やっぱ野外でやるなら山やな、山!」と気炎を吐いたノグチを傍らに、十メートルばかり向こうでいなせなファンクを演奏し続けていた若い四人組の男たちは、こちらがケイカンに取り調べを受けた直後にすごすごと音を止め、何ごともなかったようにケイカンをやり過ごしていた。

彼らのあれが本式のライフハックか、と合点した次第である。

 


それから、カーオディオから薄く流れるヒップホップを聴きながらひたすらに国道沿いをひた走るでかいハイエースには目的がひたすら無かったみたいで、私は少しうんざりしていたが、能口はいなせなラーメン屋を諦めなかった。

甲州街道ならなんかあるやろ」

そうですねえ、とオザワさんは得心している風で、私が、確信はあるんすか、と問うと、いやあ別に、と答えた。

「結局いつもこんな感じになるんですよ」

いやあ、こういうのがええねん、と能口が言っている、あ、もしかしてここもうちょい行ったら王子駅ちゃうの?あそこはなんか異様で、駅前にどーんとバッティングセンターがあって、そんなスポットは東京には殆どない!

と、でかいハイエースはやけに高台から急勾配なカーブを左にぐわあと回ってなんとなしに窪みに落ち着いて、どうやらここが王子駅界隈らしいが、私は北東京の具合がまるでわからなかったのもあるが、それよりも空腹に圧倒されて、ジョナサンとかにいっぺん行ってみたかった。

 


な、あれが王子駅のバッティングセンターや、あははは!

の能口が決めての破笑を繰り出すと、なんだか面白いような気もしてくるが、オザワさんまでも、

「いやあ、さっきのカーブ面白かったですね」

とか言っている。

 

利益を目指さない友は得難い(ya-mai-mo  「無常で清らかな行い」より)

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