短歌は馬車に乗って

スイートなエッセイです

いくどん

昼前にサッシ屋の下請けバイトが終わったものの、帰りの方角をイマイチ掴めていない。

現場は初台で、チャリで来るのは来たんだけど、グーグルマップを用いようが方角がわからんと元も子もないので、どうせだし気持ちいい方へチャリで流れていったら、どうやら代々木公園だった。

敷地に入ってすぐに売店があったからつい、ちょっと割高の缶ビールを買って、蓋開けたらなんか木々がいつのまにか、何かの文庫本の新刊の表紙みたいな秋の色をしてて、しかも気温がすこぶる適度で、吐き気がするくらい気持ちいい。

木々に包まれて音楽を聴きながら、忙しなくない歩調で歩くのはいつぶりだったか到底思い出せそうにないなあ。落ち葉を踏み踏み情けないかんじのヒップホップがプレイリストから流れ出すと、少し腰がイカれて変な歩調になる。なんというか、不自然に緩慢になる。ゴリラみたいな歩調っていうか。不自然なのはなんとなく自分でわかるけど、不自然なのが自然な感じな時ってあるよね。ビール一本でラリってるわけじゃなくて、いわばレディメイドのラリる気候。大袈裟にいったら自然とひとつになって多幸。スーパードライに人畜無害。産まれたての双子が同じおべべ着て歩いてる。ふらふらしてたら正午くらいに渋谷に着いた。

ことに僕にとっては渋谷というのはあてもなく漫然とふらつくための場所と言い切れる、いつも目的はあまりない、あっても迷って遅れたり、金もたいていないし、会うべき人も見当たらないと気を抜いてストロングゼロ飲みながら虚無状態で歩いてたら友達の元カノに会ったりして虚を突かれ、駅前でやたらガレた鳩がやたら臭う糞を落としていてこないだは二発食らったけれど、茶色いやつ、そのあとは競馬が当たったな、それにしても何がどこにあるか全くわからん、そんな時はとりあえず喫茶店を探すのだけど、やっと見つけたトップという店はめちゃ雰囲気あるんだけど、いかんせん地下にあって却って敷居が高いっつうか、あんまり落ち着かない、オイルサーディン乗ってるトースト食べたらそれなりの会計になってしまって、それでも店員のおばさんが会計の時、帽子を褒めてくれてそれはそれで嬉しかったな、クラシック聴ける厳かな喫茶店もあるけどなんか気分にならず、こういった類の落ち着く喫茶店あるかないか問題は自分と街との関係でヒジョーに重要な位置を占めていて、まずそういうところがないと、腰を据えて今書いてるような駄文が出来ないわけで、まあだからあんまり重要でもないか、、いや、僕にとってはきわめて重要なんです。

それでも、往々にして何も予定のない日に、ふらふらチャリに乗ってたり、電車に乗ってたりしたら、なぜかしら渋谷に漂着してることがままあって、それをそのまま受け入れると、絵に描いたような雑踏、朝方のゾンビみたいな人の群れとか、明らかに家ありそうなのに外で寝てる兄ちゃんたちとか、ジャームッシュミステリートレインみたいにキメキメな日本のカップルとか散見され、もちろんフツーの通勤者とかも、混ざって路地裏が異様に臭かったり、まだまだ到底掴めないけれど、愛おしい雰囲気が蔓延している。

もし渋谷に場外馬券売り場があったら毎週来てしまうな。

それにしてもサンマルクのレジに行列ができてるのはちょっと異常な気がして、、

ふと、職場を先月やめたカゲヤマさんが、教えてくれたホルモンがランチタイムに五百円で食える店というのを思い出して、せっかくだし探してみることにした。

彼はどちらかといえば僕とは相入れるような人ではなかった。ヒジョーに磊落というか、特に何かを摂取することに関しては突き抜けていて、(そのくせにめちゃくちゃ神経質なところもあるんだけど)、つまり自分の規範内でなんでもやっちゃう人で、僕自身、善人ぶるつもりはちゃんちゃらないんだけど葉っぱに苦手意識がありまして、匂いを察知するだけでしかめつらになっちゃう、どうもキマってる人のトロンとした目と噛み合わん会話がだめで、つい、苦手意識が自然と伝わり以心伝心バッドフィーリングに陥りがちっつうか、基本ひとりでいた方がいいんすよね、詰まるところ、これ葉っぱ以前のモンダイなんだけど、そこは葉っぱのせいにして僕はけっこう人好きということにしますがカゲヤマさんは特別変わった人で、初めて顔合わせたときからエアポッドを耳に詰めて、こちらが挨拶を言いよると粘こい目つきで品定めするように見てきて唐突に、「有吉のラジオって聴いたりしないよね」と言ってきて僕は「聴いたことないっすね」と答えると「いやあ、あれはけっこうやばいよ」みたいな感じで会話のマウントを取っていくのが常套だった。

「ここにいるやつらで、ましてや一年とかそこら聴き続けてるの俺くらいだろうね。え、多分そうじゃない?知らねえけどさ、興味ないし。ただ、俺は言わば刑務所にいるみてえなもんだからさ、世間の会話とかではもう笑えない感じなんだよね」

と、鼻息を荒げて、聞き耳をエアポッドに立てて時折ぷっと笑ってらっしゃる。

「てゆうか、お前、顔たこ焼き屋みてえだな。

俺、ドンキでたこ焼き器買ってやるからさ、さっさとたこ焼き屋始めちゃえよ。俺、上海でコンサルやってたくらいでさ、けっこう人見る目あるんだよ。え、違う?いや、だけどそうなんだって!」

といったテンポで、あっけにとられるわけじゃないし、たこ焼き屋はたしかに好きだけど、別段やりたかないので、はあ、とか、へえ、とか白けた答え方をしていると詰まらなそうに拗ねる感じといったら失礼だけどそんなよな感じになるので、それはそれでこちらも居心地が悪くなるから、話を逸らしたり、色々身の上を聞いたりしてたら、それなりにお互い人となりもわかってきて、慣れて嫌味は感じなくなっていた。

嫌味だったのは特に春先あたりで、後から聞いて合点がいったわけだけど、どうもカゲヤマさんは同僚に内緒で深夜にキャバ嬢の世話役みたいなバイトを掛け持ってたみたいで、かなりタフな生活を自らに強いていた。求道的というか変な禁欲趣味もあって、ある時はファミマのアーモンドしか食べないという苦行じみたマゾキャンペーンを面白おかしくこちらに披瀝したり、まあ、半分嫌々聞いてるし、勝手にせえやみたいなところもあるんだけど、奥の奥に妙な優しさや愛嬌がなくもないところが、ある意味厄介というか、しゃべくりも上手いし、たまあにこっちの興味に媚びるようなネタを投げかけてくる。

「池袋にさあ、ぶくろっていう居酒屋があってさあ。お前好きなんじゃねえかな。俺もけっこう、こう見えて千べろとか好きな時期があってね、そういうとこに行くとおっさん全員ロンパリなわけ!」

と、くだけるカゲヤマさんは目の奥が気持ち潤んでいて、ロンパリの話を持ちかけられると、どことなくロンパリに見えなくもない、キケン一歩手前な雰囲気で、こういうノリのいい時に仕込みがあんまりなかったりして、なおかつホールの早番がまだ来ていなかったりすると、もうこういう日は面白くないからいっちゃおうかな!とかいって、おもむろに黒霧のパックとジャスミン茶を買ってきて、こんなに酷使させられてんだからいいだろ、え、え、お前嫌?とかいって勧めてくるモーションに好意が出来ていて、一回だけジョイントを回して吸った時には、彼、辞める辞める詐欺みたいな状況の納期が来ていて、しばらくして、解放だあ!いや気持ちいいな!今日くらいXYZ作って飲ませろよ!と気炎を吐いて去ったのが十月十九日のこと。

それで、今しがた、腹ごなしに彼の勧めのホルモン屋の、名前は失念していたので、僕にとっての最終手段であるググりを用い、それにつけても迷いながら、その店に着くとひとっこひとりいなかったので、やっぱりカゲヤマさんはいい趣味してんな、とまんじり思ったし、当然ホルモンも美味かった。米も美味かったし、食べ放題の鶏ガラスープも、それだけで米が食えるし、それにもかかわらずサンマルクで行列の出来る渋谷で極空きなランチ五百五十円のホルモン屋を持て余してる世間はバカだなあ、と思った。おしぼりだけ、ちょっと臭かった。

窓からH&Mの看板が見えた。

ほんとはホルモン焼きながら、中継風にこの駄文に手をつけようと思ったんだけど、一発目のシロを焦がし過ぎてしまって、やっぱり物書きと食い物は一緒にすべきではないな、とはっきり合点しました。

というわけで、渋谷を離れ、、

 

下北沢の二階にある喫茶店にて。

 

余談だけど、さっき僕が今いるカウンターの横に曽我部恵一さんがいて、コーヒーおかわりしてパソコンたたいて、声を出して座りながら背伸びして、立ち去った。疲れた目をしているように、見えた。

それで、三月から移り住んでるんだけど、トーキョーシティーにいるって感じが初めてした。

お疲れ様ですよ、ホント。