短歌は馬車に乗って

スイートなエッセイです

モンク帽6

太陽テカテカ

太陽テカテカ

  • カステラ
  • ロック
  • ¥250
三月某日サンデー、快晴。モンク帽未だ見つからず。髪は平均的に伸び、ひときわ中途半端な五分刈になっている。

能口とあたしんちの屋上にて。ここから駅向きのおそらくは東側、道路をまたいだとこに陳腐なお城然とした郊外のラブホテルみたいな外装のパチンコ屋があって、そこのWi-Fiがひっかかる。結局、またスポティファイで神様ごっこを聴いていて、アタシちゃんは布団を盛大に干していてビールがうまい、これはなんというか、しばらく会っていない、やや胡散臭い鍼灸師の友人H君の提唱する「鬱ポップ」的雰囲気。ビールの後、能口が買ってきたらしい一升瓶の山梨ワインをお呼ばれした。昨日、墓のうらに回ってきたそうだ。

屋上は太陽燦々、と思ったやいなや、すぐ陰った。あいかわらずである。陽が隠れるとフツーに寒い。

ところで、先日京都から来ていたY子と、大久保あたりをぶらぶらしていたときに、ふいに言っていた「人に見られると消滅する量子がすでに発見されているらしい」という先進的な(のか、どうかわからないけど)話題について、ひっかかっていて、自分なりに考えている。もしかしたらやっぱり文系もサングラスをかけた方がいいのかもしれない。違うか。
アフリカのとある部族は写真を撮られるのをひどく嫌う、とか聞いたことがあるし、江戸時代の処女が歯を黒く塗ったりしていたこと、ひいては、ちょい最近まで実在した肌を焼きまくったコギャルにも、なにか核心めいた達観のようなものが、感じられなくもない。
伊佐野くんとは一年に一回くらいなら会いたいと、とある巫女さんに言われたのを思い出したりする。別にいいけど、けっこう今でも常に利いています。あのひと、利口だよな。

距離感と、お茶の濁しかたについて。

数日前、プレーンソング的散歩のあとに能口主催の読書会がこの街の近隣の印刷屋であって、冷やかしに参加したらお題目がカフカの審判(もしくは訴訟)だったので、僕自身はまったく根詰めて読んではいないのだけれど、ただ食っちゃ飲んじゃするだけの読書会がなかなか面白かったので、カフカ的雰囲気三人称で進めてみることにする。

 イーサン・Kはごく自然に、この屋上のある部屋からは引き際というような雰囲気になってしまったので、昨晩、無理を言って泊まらせてもらった神保町から少し歩いたところのギャラリーから、こちらへ荷物を取りに来た。
 Kのパンツはすでに腐臭を放っていたので、脱いだ。替えのパンツを持っていなかったので、素のままズボンを履かざるを得ず、この履き方は常に股間のジッパーで毛を挟んでしまうリスクを孕んでいる故、Kは尚更苛立っていたし、彼が地下鉄で席に座ると黒いヒールを履いた中年の淑女が彼から露骨に距離を取った。
 そんなに風呂に入ってなかったか、とKは案じた。今回に限ってはやけに臭いが、彼は自身の体臭がさほどきつくないという自負を持っていて、二三日でここまで臭うのは何かがおかしい。昨日はさすがに入れなかった。それではおとといは?自分の足下に目をやると、友人の八十田の靴を履いていたので(Kと八十田は靴のサイズが同じだったし、Kはなんとなしにビルケンシュトックの革靴の履き心地を試してみたくなり、こっそり履いて出たのだ)、金曜は八十田の家に泊まっていたことを思い出した。たしか深夜に、終電間際で丸ノ内線に転がり込み、三月にしてはすこぶる冷えた風をすごすごと切り歩いた。「まるで俺を憐れんでいるような風だ。つげ義春の漫画に出てくるガキんちょみたいにヒューヒュー言ってやがる」と、Kはひとりごちた。風は依然、彼にヒューヒュー答えることを懲りなかった。
 Kが這いつくばるように、八十田の家に着いてベルを鳴らすと、すぐに主人は出てきた。ドアが開いたとき、蒸したての桃まんが入ったせいろの蓋を取ったときのような、ふくよかな香りがし、Kは思わず嗚咽が洩れそうになったものだ。ところが、Kに向かって八十田は言った。
「なんや、イーサン煙草臭いな」
 Kは唐突の八十田の指摘に、少しく悄然としてしまったが、承前せざるを得ない自分ににわかに苛立ち、脇に挟んでいた笙を思わずくわえて、吹いた。
 笙は喘息の子供みたいにヒューヒュー鳴っていた。
 彼は思ったものだ、「ちょっとばかし小銭をけちってわかばを吸っていたのが悪かったかもしれん。どうもしたたか気管が狭まっていやがる。しかもこのヤニの安っぽい井草のような臭い。健全な大人は誤魔化せないぜ」(カフカ的雰囲気三人称はなかなか話が進まんな...)

カフカで醸すパパPASMOかて買ふか】

 閑話をば❬イーサン・Kの十年越しの精神的よんどころである喫茶ハイボール❭にて休題す。
 古本街にある朝の喫茶ハイボールはコーヒーが少しばかり安くなっており、ワンコイン出せばバターロールとゆで玉子がついてくる。Kが中途半端な二階に案内された直後に、おん、と約十五秒置きに発声せずにはやっていけないらしい口髭の御仁が右斜めに席を取るやいなやエコーを吹かし始めて即、むせた。BGMはジョンリーフッカーだ。御仁はリズムに乗っているかと誤解してしまうくらい、左足を痙攣的にびんぼうゆすりしている。やはりエコーは臭うな、とKは思った。御仁は、おん、と言って普通の発音でサービスコーヒーを注文し、ハードカバーを開いて又、おん、と言った。
 一度、おん、が気になってしまうと、軽快なブルースには音の隙も多いわけで、よくよくそればっかり聴こえる、一日のリズムを崩されてしまったのはKだけではあるまい。御仁が悪いわけではないが、まるで太宰治のとかとんとんみたいな呪言だ。
 そもそも蝶ネクタイに黒いチョッキの小柄なウェーターは朝に弱い。中二階の席からお盆を持って引き上げている最中に、三組の客に注文を受けたら、それが例えモーニングコーヒーとモーニングサービスの二択であろうとも、とくに慌てている風でもないが、混乱している。「えー、そちらが、、単品でしたっけ」「あぁ」とサラリーマンは不審そうに答える。ウェイターは、「あぁ、お冷や忘れてたー」と誰に言うともなくぼそぼそ言って、あらかた品を出し終えたあとに、水をひとりひとりに「忘れてましたー」と、ぶっきらぼうに伝えながら、配っている。なぜだかKはこの、目のくまがきつめにくぼんでいる小柄なウエイターに好感を持っている。
 このウエイターの、自己完結的な、作為的にも見える、すっとぼけた動きが、件の「おん」がもたらしたひとときの混乱を融解させているように思えてならないのだ。
 Kは、サービスタイムはすでに過ぎたけれど、コーヒーのおかわりを注文し、奮発して買ったロングピースをふかし、毎日なにかしらつれづれ綴っている、風景になることを決めたわけである。
 正午を過ぎ、唐突にエレファントカシマシが流れ始めた。
     さぁがんばろおぜー
 いつのまにか喫茶ハイボールは混雑している。