短歌は馬車に乗って

スイートなエッセイです

福田さん

ふと見やると福田さんは右腕に農家のおばさんがしてるような腕ガードをしているので「なんか怪我ですか?」と訊いたらどうやら指がないらしくってそれは災難でしたねとちんぷんかんぷんな返答をしてしまったけれど、それなりにでかい窓枠を器用に担ぎ上げる様にギフトを感じた、実際のところ福田さんにとっては災難でしかなかったろうけど、なまじっか五体満足な私よりよほど、ただ慣れているからとはよう言えんスムーズさでするするとサッシが運搬用のエレベーターにすんすん担ぎ込まれていってとにかく仕事が早いので、下請け仕事がすんすん舞い込むよう、ガラスのまだハマってない地上五階の針金で引っ掛けただけ、打ちっぱなしのコンクリートフロアの窓枠から見える空がとにかく青い、依頼先の依頼先の佐藤さんもポカリを呉れたし、その依頼先の福田さんもポカリを呉れて、こんなにポカリにありついたのはDJオズマのライブの搬入バイトの時以来だ。琵琶湖の近くのコンサートホールでのことだったがあれは良かった。お盆でチンコを隠す芸も間近で見れるし、協賛先がポカリだったのでダンボール二個分くらいポカリがもらえて、潤う、ポカリが失くなったころにはポカリでしか喉が潤わなくなっていて、結局ついつい買ってしまって依存から抜け出すのに骨が折れた。ポカリはアクエリアスと全然違うのだ。オアシスとニルヴァーナくらい違う。

二、三、ミスはしでかしたが、はじめてだからして福田さんは寛容でお目こぼし、比較的薄いサッシを凹ましてしまったり、傷防止の透けた濃紺のフィルターをうっかり剥がしてしまったりしたはしたが、詰所でヘルメットを脱いでいると彼のがま口も靴も鳥打帽もスカイブルー色なことに気がついたし、いたく福耳なことにも気がついた。

「ドタキャンが多いので助かりました。有明の現場は一人で良くなったので、今回はこれで。どうもありがとうございます」

有明、行ってみたかったな、とは言わんかったけど、どうも福田さんの下請け仕事は車が使えないみたいで常時電車移動らしい。有明への道すがら、何を喋るかな、身の上話でもするのかな、と、こういうただの派遣仕事でワクワクはなかなかしないのに、サッシを担ぎながら電車道のことを考えていたし、二現場目に出向くと報酬が五千円増しなのもあったし、そもそもジモティでやり取りしてから電話を受け、声を聴いた時にこの人との仕事は珍しく当たりかもしれん!というような直感があって、こういうことはましてや土建屋の関わる仕事に深く関わる仕事人のことを思うとかなり奇特なんじゃないかな、知らんけどいわゆるひとつの土建屋バイトビギナーズラックな気がして、有明っていうのはもしかして海が見えたかな、って少し残念。

少し不謹慎な話、指のない腕にスルリと担ぎあげられてしまう大サッシの気持ちはどんなだろう、と思ってしまった。

まだ仕上がってない窓枠のぶら下がった粉塵が舞い込むがらんどうの部屋にはインドのゲストハウスを思い出したし、壁がやたら濃い水色だったりする、執拗なくらい、そこから見える空にアゴが空きっぱなしの呆けみたいな雰囲気で凧が飛んでいて、しかしあんまり高くを飛び交っているのでほとんど見えないくらい、高くを飛んでるよ。

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