短歌は馬車に乗って

スイートなエッセイです

モンク帽3

Ain't Nothing Like the Real Thing

Ain't Nothing Like the Real Thing

 阿房と云うのは、人の思わくに調子を合わせてそう云うだけの話で、自分で勿論阿房だなどと考えてはいない。用事がなければどこへも行っていけないと云うわけはない。なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う。(百)

逗子に寄る前に品川区の能口のあたしんちに転がり込んだ。ほとんど駅前の歯科医が入っている雑居ビルの最上階で、去年の今ごろ、といってももう少し寒かったかもしれない時節に、やはりいてもたってもいれなくなって鈍行電車で東海道をちんたら、熱海に寄り道などし(熱海はやけに暖かくまるで春で、海辺に行くと大学生らしき若い女の子の集団がはしゃいでいて、ここは都心から手軽に出向けるネオレトロシティなのね!と思った。再評価されているムード、とっつきやすいさびれ具合、に、常日頃の癖で空きテナントが気になる、今はオフラインのスマートボール屋とか、、)、来た。
今こちらは花粉がすごいらしくテレビのニュースで厚木あたりの杉かなんかの木を春の強風が揺らし、まるで花嫁が神主に祈祷を受けているように、目に見える淡い黄色をした花粉が枝木から噴出しているのを、別のカットでは鹿児島の火山灰みたいに青い車に薄く積もっている花粉であるらしい灰塵を、見た。
皆、それぞれ苦しんでいるらしく電車でも喫茶店でも、花粉やばくない?という声がちらほら、今朝、逗子から一緒に湘南新宿ラインに乗った昨日ある水棲動物のタトゥをいれたばかりのくじらくんも、痒そうで、
「もう目が開けられないんすよ」
と、目を擦りながら言った。
「それ、もとからちゃうのん?」
と、僕は返した。実際くじらくんの目は細くなだらかに垂れていて温厚そうな印象を強めている、ほんとうのところ彼は、見てくれで人をいじるとか人にいじられるとか大嫌いなはずで、そういう品のない差別発言にカチンと切れて当たってしまうような尖った良心の強いのを、関係ないかもしれないが彼は京都時代バイト先のドイツ帰りの同僚のあんちゃんとロックの定義について口論になって取っ組み合いになったこともある、そういうところを自然自分なりに理解していて、そういう彼にいくらか神経を使っているので、彼にはあまり下ネタをふらない。それでも尚彼の目の細さをい敢えていじるのは、これまで一緒にたくさん飲んで一緒に潰れているのと、単に彼の目が好きだからだ。僕はこういうような神経を使いすぎて十二指腸に穴が開いたわけではない。
「おい、お前ふざけんなよ」彼は語調に少しばかりドスを加えて笑いながら、言った。
「いや、相変わらず大滝詠一に似とるなぁ、と思って」

【無一文 餅忌む】

「そうなんですよ。若いときの山下達郎にも似てて。僕が鈴木茂と入れ替わったらナイアガラトライアングル顔みんな一緒ですよ」
僕らはからから笑った。
彼は事実、ギタリストとしてもナイアガラトライアングルに加入できるくらい、巧い。彼の新しいアルバムには、あの鈴木茂的浮遊感もそこはとなく感じられるし、それは別にしても、ともかくよかった。つい先月京都で退院後、スポティファイで聴いたかれのとれどにはっきり祝祭感をもらい受けた、これはちょっと説明できないけど、どこに放置していたのかさえ忘れていたシナプスを刺激されて、頭から水をかぶったみたいに、ずぶ濡れになった。ずっと前から聴こえない悲鳴のようにマンドリンの音が鳴り続けているんだった、、
それもこれもひっくるめて祝祭、、

別れ際くじらくんが、
「ほんじさんこっち来るんですか?」
と訊いた。
「そうだねぇ、その方向だなぁ」
と答えた。
「多分、あっち飽きたんですよ」

【そこにいたかった。つかタイにこそ】

とにかくこっちに来てから主目的である回文がまるで作れず、かのパーティ大魔人こと能口とつるんでいたこともあり、とくに下北沢の熊五郎という居酒屋で飲んだときはひどかった。こちらは白波呑み慣らし期間というか、腹を労りながら、しれっとトイメンでよもやま話でもしながら飲む心づもりだったんだけども、何せ熊五郎には白波も黒霧島もない、そもそも三岳が390円で飲めるし、こればっかりはカルチャーショックというか、ナカソト飲みっていうんですか?炭酸割りを頼んだら三岳はジョッキの中に氷と一緒に半分くらい入っていて、ペットボトルのウィルキンソンまるまる1本を一緒に置いていってくれる。それにつけてパーティ大魔人が無作為に会いたい人を呼びまくる結局れっきとしたパーティにいつしかなっていて、座敷から見える小径のテレビからは「カメラを止めるな」がドトールのBGMくらいな軽快さで流れはじめ、いつしか止まっていて、ソーダをかなり水増しして飲んでいたものの、三岳のナカを最後に頼んだときには三岳だけでジョッキがほぼ満杯になっていた、、
あれは一体なんなんだ、大盤振る舞いか?
やばい飲み屋はだいたいそうなのだ、森にしても西部講堂裏の村にしても、飲めば飲むほど酒の量が嵩増しされていく、、
その日能口は極めつけに路上で99.99なるいかにもヤバそうな缶チューハイを終電文化がないらしい札幌出身の酒豪の姉さんと共に煽り、アーバンチルを敢行、夜の闇に消えていった、、
それで能口は財布を、姉さんは大切なチューブストリーマーと黒いラットと手作りのブースターの入ったビックアイズの女の子がプリントされたトートバックを紛失したらしい、、

その前の日も似たような感じに能口と野毛で酔っ払い、能口のあたしんちで朝起きて、外に出ようかと思いモンク帽を探したが、無かった。蒲団をひっくり返し、部屋の隅々を二時間探しても見つからない。あほみたいだがかなり動揺してしまい、既に仕事に行った能口に連絡を取った。出ようにも出れないのである。この坊主頭は坊主頭のまま外に出ることを想定されていない。
「モンクみたいな帽子見んかった?」
「いやぁ、見やんで。てゆうか、きついな。ほんじちゃん今日何してんの?」
能口の声はかすかすだった。
「帽子がなくて外に出れへんねん。能口、僕が坊主なん見た?」
「最初に会ったとき坊主やった気がするわ。あれは十年くらい前やろ。ほんじちゃんインド帰りやったんちゃう?」
「今、坊主やねん。昨日家帰ってきてちょっと飲んだやんか。そのとき僕、坊主やったけ?」
「いや、坊主やった記憶はないぞ。まぁ酔っ払ってたからなぁ。てゆうか、今坊主なんや。どういう心境なんや。やっぱなんだかんだいって傷心か?まぁまた見つかるんちゃう?」
「僕、あれないと外出れへんねんか」
「なんじゃそりゃ」
あれきし酔っ払ったくらいで外れる吸着ではないはずなのに、取れてしまった。たしかに俺は、そのまた前日にこの家に着きしな、周囲をまず散策したかなりでかいアーケードがある、京都でいえば伏見桃山駅前のアーケードくらいかそれ以上にでかく、一見、栄えている、桃山のアーケードのマクドのテナントは家賃が日本一高いという噂もあるくらいごうつくで、たしかに現在はチェーン店ばかりになっていて、アーケード中腹のサンマルクは昼下がりには年金受給者らしきおじいさんで満杯になっていて瞠目してしまう、ようするに放っといても儲かるのだ。しかしながら僕はサンマルクのスタッフの白いポロシャツ姿がけっこう好きだ。
それはそれとしてこちらの商店街を歩くと手前から、モードオフそれからハードオフしまいにはホビーオフまであって東京郊外のほっこり下町風アーケードの超合理性に驚いた。さすがに京都の商店街にはさすがにこの感じはまだない。駅前にはえげつないたかさのタワーマンションが建造途中である。
つい、モードオフに寄って冷やかしていたら、僕的にけっこうモンク帽な感じの帽子がすぐ見つかってしまった。なんとなく悔しいので値札を見ると1500円である。試しに頭に嵌めてみたが、60モンクくらいである。悪くないが、本命がいるので、迷いながらも、見逃したわけだが購買欲はそそられていた。
その日のうちに本命のモンク帽を見失ってしまったので、なんというか浮気心の反映現象のような気もしている。
結局、仕方なく今、黒い60モンクの帽子を冠ってはいるが、つねにそわそわはしているし、けっこう分厚いのでちょっと気持ちよく晴れると、やや暑い。
春だなぁ、、

今結局はからずもモンク帽を探して伊勢佐木町に足が向いている。あてどなくさ迷っているとかに道楽の横の立体駐車場から、めっぽう好きな歌が流れてきて立ち止まってしまった。マーヴィンゲイとタミーテレルのデュエット曲、、
タミーテレルかわいい、、
じつは僕と誕生日同じ、、
永遠なんてあるのかしら、、
ともかくこの街はステキだな、と思った。

【違法予知での日ノ出町ぽい】

ふと、思いついて英語に強そうな知人のm氏に〈 Ain’t nothing like the real thing 〉
の翻訳をメールで伺ってみたところ
〈本物とはほど遠い〉
という意味らしい。
この黒いモンク帽のことか、と、ひとりごちした次第、それに、
〈本物とはほど遠い〉
ていう言葉はいかにも逗子にいるテツオが使いそうな文句だ。頭がぐるぐる回って今にも回転してしまいそうな勢い。
彼は、
「みんな修行僧だよ」
と、言った。
少し引っ掛かったが、
山頭火みたいな?」
彼はそれには答えずに、
「とにかく世田谷は修行僧でいっぱいなんだよ」
と、言った。
僕は、現在ここにいて、見た目ばかり山頭火みたいな坊主のくせに、二の句が次げなくて、困った。
アイノウ、今、花粉のような存在でしかないしな。
花粉は花粉症にはかからない。
助けられなくてすまん。いつもサンクスローソンセブンイレブン

桜咲く季節をよそに花粉かな

またいずれ受粉したら、きっと、もう一度通天閣の下で踊ろう。

その後の変身キリン

その後の変身キリン