短歌は馬車に乗って

スイートなエッセイです

 隣の芝の鮮やかなことは多分解像度の良さも関係あるのはあるだろうけどそれだけでは説明のつかない緑のみどりみどりさ。
 だいたい時を同じくして日本では二歳牝馬の最初のG1レースであるジュベナイルフィリーズが行われるので、賭け競馬好きには忙しない日、一回競馬にはまるとG 1だろうがなかろうがとにかく賭けずにはいられないものだけど、G 1ともなると、もともとの目的であるはずのお金稼ぎという名目を忘れて、ある金だろうがなかろうが、お札だろうが小銭だろうが、かき集めて、とにかく賭ける。目的を逸脱していくのも忘れている。
 ジュベナイルフィリーズはもともと阪神牝馬二歳ステークスという普通に情報を説明しだけのようなレース名だったみたいだけどいつからかアメリカあたりの詩情豊かなレース名を拝借したのだろう、大方の愛好者、特に競馬の最大顧客であるはずのおっさんにはいつまでたっても耳心地の悪いものになったはずだ。
 そもそももともと日本人は詩情なんてもっていないのかもしれない。あるとしたら拝借物で、和歌でもGS でもベースボールでも全部海を越えてきたものをこねくりまわしていっそ上等みたくに拵えている。
 そんなことはどうでもいいのだけれど、それに詩情と言ったけどジュベナイルはただ少年少女といった意味で、でもそこはかとなく繊細な響きで、フラジャイルみたいできゅんとくるというか、多分最初の印象、その年はハープスターという化け物級と騒がれた牝馬がいたので実際に阪神競馬場に連れだったきっかけは忘れたけど大島と凪沢と。
 三人ともほとんど初心者だったので綿密な予想などたてれるはずもなく僕がかろうじて新聞の馬柱がよめたので大島の「全然、わかんないいっす。ほんじさん何くると思いますか」という問いに「ブルーフラッシュじゃない。青枠でブルーだし」と適当に答えると、わかりました買ってきますと言い残し三千円ぶんの単勝馬券をスタこら買ってきてこちらにみせた。
 あてずっぽうで当たった三百円ぶんの三連複万馬券で競馬の味をしめた僕にはあまりにぶっとんだ買い方だったので、こいつ大物か、と思ったのはその時が最初じゃなかったにしても、いろいろ複雑な感じもしたにはしたのは適当とはいえ僕の意見だったし、先手をとられたみたいな感じになったんだけど大島の行動パターンはこの時の馬券の買い方に顕著に現れていたような気がする。揺れも隙も微塵もなかった。凪沢は「大島くん、そういう感じ。ヤバイよ身滅ぼすって」と、そわそわスマホをいじりだして、「おれ、今日この日のために、まぁ保険ていうか人多すぎて馬券買いそびれあるかもしれないしpat登録してきたから」「初心者のくせにそこおさえるんかいな」「凪沢くんらしいわ、身滅ぼすのそっちだよ、リポ払いジャンキー」「当てりゃいいのよ、馬券ていまいち頼りないじゃん、紙切れだし」
 そんなこんなで浮き足立っている凪沢と僕と泰然とした大島はターフに赴いた。
 からかぜの吹く阪神競馬場は春には外周に桜が咲き乱れる。ジュベナイルフィリーズ桜花賞と同じ距離とコースなので、ちょうど来年の少女馬たちを遠眼鏡で覗くようなレースだ。
 僕らが最初にかちあったその日の5レース新馬戦はブルーフラッシュが競り勝って大島はちょっとした大金を目の前で換金した。結局僕らの儲けは大島の一発当てだけで、僕はおけらになって大島に競馬場をでたとこの居酒屋で奢ってもらった。凪沢はメインのジュベナイルフィリーズで締め切り間際にpatで馬券を買い足してトリガミを獲っていた。
 「信じてよかったです」と大島は言った。
人間性が出るよね、馬券の買い方って」「ビギナーズラックに張り込むのって確率的に正しんだろうね、数賭ければ賭けたぶん分母が増え続けるわけだし」「詳しいこと忘れたけど鳩山雪男の卒論っていうのが、何人目の恋愛相手が一番幸せに付き合えるかみたいな統計学らしい」「軟派だね」「誰で調べんの、親戚?」「どうも三人目らしいよ」「真面目に答える方がどうかしてるわ」「俺、奈乃ちゃん四人目」「じゃあ長続きせんな」「縁起でもないこと言わないでよ、子供9人産んで野球チーム作るって決めてんだから」と、鼻に太いピアスをつけた凪沢が早口で言って僕らは乾いた笑い声をあげた。
 メインレースのパドックはさすがに混雑していて右横あたりの肩車の子供はをしてもらっていて、「パパ、あのお馬さんウンチしてる!」
とかわいらしい声をあげた。黄色い馬具を顔にかけたハープスターだった。「あの子気持ちが弛んでるのかもね、勝たないかもしれないね」と若いパパが答えた。
 「プリプリのプリンみたいやな、ハープスター」と僕は言った。「なにそれ適当か、こういうとき、奈乃ちゃんいたらいんだけどな、こんなん見ても女の気持ち全然わかんない」と凪沢が言った。「十三の喫煙所で会った兄さんハープスターで固いって言ってましたよ」と大島。「あのちゃらそうな兄さんね」「元ヤンみたいじゃん、あの人。元ヤンは大抵運動神経いいからギャンブル得意なんだよね」「たしかに尾茂田っていう元ホストのパチスロライターも偏差値低そうだし発言もアホっぽいけどスロットや競艇めっちゃ当ててるわ」「僕はハープスターでいきます」「悩ましいなあ、単勝一倍台よ」「評判で人気跳ね上がるんだよね、日本人の悪いとこよ。軍国主義を助長したりさ」「大スポのコラムで海老名がハープスターはお化けって書いてた」「海老名って?」「騎手、今日なんか乗ってんちゃうかな」「あ、あれですよ、フォーエバーモア」「いいじゃん、単勝30倍ついてるよ!グレイの歌みたいだし!俺馬連でいこう!」「あのレッドリヴェールって馬があやしい」「なんか痩せてない?」「飢えた野犬みたいな歩きかたをしてる、青枠でレッドだし」「さっき当たったの青枠のブルーじゃないですか」「実はそのパターンより説得力があるんだよねぇ、青枠のレッドは」「冷静と情熱の間みたいな?どうでもいいよ、早よ買わんと!」
 ハープスター頭の馬単馬券を結局外した僕は悄然としてしまってそれから先の道すがらをほとんど全く覚えていなくて、けれど勝ったレッドリヴェールをそれから追い続けたんだけどそのジュベナイルフィリーズで三連勝したのを最後にぱったり勝てなくて、なんだか小学生のときの初恋のひろみちゃんを思い出したりしながらひたすら単勝馬券をすりちらして恋のあぶなみを痛感したものだ。彼女の最後の出走は雨の札幌記念で、二歳の時、泥んこ馬場の札幌で男馬をけちらしていたからもしもがあるかと思ったけど、三番手からの四コーナー手前でずるずると後退し最降着で、二歳のときから比べて馬体をふっくら見せていたけども、あのジュベナイルフィリーズのときの飢えた野犬のような妖しみはこれっぽっちもなくなっていた。勝ったのはネオリアリズムという男馬で逃げ切りだった。
 快活クラブで再三、食べ放題のソフトクリームを食い散らかしている三十二才になった僕はすでに嵐山の売店で売り子ができるくらいソフトクリームをうまくお碗に乗せれるようになっている。そのお碗をニッカンとかスポニチとかサンスポとかのスポーツ紙の上に載せ76番の喫煙リクライニングシートにそろそろと持っていくわけだけれど、

尾島 隆英 - Amy -